さて、1980年代半ばになるとロマン書房の「快進撃」にも次第に陰りがさし始めま
す。沖縄のあちこちに古本屋ができて、本が安く買える店の存在が珍しくなくなるの
と軌を一にして、「半額」という謳い文句の神通力が失せてきます。安直な商法はマネ
されやすいのでした。
加えて、「古本買入れ」の宣伝が浸透し地元の客から本を仕入れることができるよう
になった点は、ありがたい反面、状態的にかなり古ぼけた、まさしく「古本」が棚を覆う
ことにもつながり、眼が肥えてきた消費者にとっては、いよいよもって「半額」では触手
が伸びなくなりました。「単行本200円均一」のような、見切り品を安く並べるコーナー
が店内に作られるようになるのは商売上の自然な流れでした。最初はカバーなしに限っ
ていた店頭の「50円均一文庫」のワゴンにも、いつしかカバーがついたものが混ざり
だし、しまいには価格も「3冊100円」に値下げされたのも、同様な変化と言えます。
年月の経過と共に値崩れをおこしてきたそのような一般書に対し、古本屋開業当初
から別枠扱いだったジャンルがありました。沖縄関係書です。
先ほど触れたように、当店には元々古本屋の経営に詳しい者は一人もおりませんで
したが、客としてあちこちの古本屋や古本市の会場を回った経験を持つものは何人か
いて、それぞれの個人的興味に応じて、定価以上に売値が付いている古本が世に存
在することは知っていました。特に沖縄関係書は人気があるらしく、沖縄の古本屋はど
こでも専用のコーナーを設けていて、そこに並んでいる本は一般書にくらべれば平均
単価がかなり高くなっていることも、知識としては折り込み済みでした。
なかでも天久は、自身が沖縄の方言関係文献に注意を払っていて、いくつかの本を
古本屋から購入したこともあり、このジャンルは商売としていけるはずだと思っていま
した。「上司」であった長嶺からの許可がおり、沖縄関係書の値段をつける役目をもらっ
た天久は、自らの客としての経験と大学で多少はかじった文献知識をどうにか重ね合
わせながら、本によってはしっかり定価以上の古書価格を付けていきますが、それが
短期間のうちに売れていくことに驚きと喜びを隠せませんでした。
そういう手応えを感じ始めた時期に、たまたま店主・照屋の知り合いである詩人の
Iさんが、沖縄関係書をまとめて売ってくれるというラッキーな出来事が重なりました。
『比嘉春潮全集』『南島歌謡大成』等の全集・セットものから、喜舎場永じゅんの『八重
山民謡誌』『八重山古謡』等、めぼしいものだけでも数十冊はあったでしょうか。値付
けすら済んではいない状態ながら、とりあえず沖縄関係書大量入荷の宣伝のつもりで
売り場に仮に並べたこの一群れの古書を見て、ある日同業者のT氏が「これ、一括で
うちに譲らない?」と声を掛けてきました。沖縄関係書の相場に最も通じているT氏ほ
どの業者がこう切り出すのですから、やはりかなり良質の買い入れだったことを密か
に確信しました。もちろんその申し出には丁寧にお断りを入れました。
それらは、1982年11月にデパート沖縄三越で開催された「第2回秋の大古書展」
(沖縄県古書籍事業協同組合主催)に、目録掲載品として出品し、上々の成績をあげ
ました。沖縄関係書はおもしろい、さらに深く追求していきたいと感じ、またできそうな
予感をも抱かせる、記憶に残る出来事となりました。